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丸・竹・夷

2013年10月アーカイブ

 京都府委員会事務所に電話がはいりました。「宿直当番」でトイレ掃除をしていた時でした。ホースの水もだしたまま、あわてて電話口に。時計をみると午後11時をまわったところでした。
  「頭がパンパン」「演説をしていてもそのことが気になって気になって」状態だった1回目の質問のときとは大夫違うようです。2回目の質問は11月5日(火)2時からと決まりました。
 「これからいよいよ準備ですね」と聞くと「もうだいたいできた」とのこと。どこかのコマーシャルではありませんが「仕事は速い」は看護師時代、京都府会、京都市会議員時代からの定評です。
  1回目の原発汚染水問題の質問では、国と東電を大きく動かし、福島原発への人員の増強がはかられることになりました。出身地の福島では地元大手の「福島民報」が大きくとりあげました。
10/30付の「毎日」は「東電は福島に集中せよ」との社説をだしています。質問で最も重視した点です。
 こんどは「消費税」で熱がこもります。なによりも「府民の声、生の実態によりそって」がモットー。ご本人はもちろん、事務所メンバーあげて、京都の議員のみなさんの協力もえて現場の聞き取りもすすめてきました。
  参院選と参院選後のめまぐるしい活動のなかで、体重は2キロあまり減ったままだといいます。「体の調子はどうですか」と聞くと「そんな心配いらへん。私は看護師なんやで」と返ってきます。新人ながら理事として委員会運営問題などでの苦労もたえません。そのことを心配すると「議席が増えたといっても委員会に1人しかいないんやから、そんなことグチャグチャいってられへん」とまた返ってきます。
 選挙中演説会で同席した、大阪出身の山下書記局長代行・衆院議員が、その度胸と歯切れのよさに「沓脱さん(参院議員)なみや」と言われていたのもうなづけます。
 申し遅れました。電話の主は、いわずもがな、倉林明子参院議員です。電話は11時半頃終わりました。トイレに戻ると、ホースの水は勢いよく出たままでした。
第1話ー「秘密は守ろう」 → 「何が秘密なの」 → 「それは秘密」。
第2話ー「あなた、心配しないで。秘密は守るから」 → 「心配なんかしてないよ。君の考えていることは盗聴させてもらっているから、全部わかっているよ」


 「笑い話」ではありません。いま問題になっている「秘密保護法案」のことです。国民には何が秘密か知らされず、自分が接した情報が「特定機密」かどうかわからないまま処罰されます。政府は「原発やTPPは対象外」といいますが、法文上は除外される保障はありません。
 この法律制定の最大理由は「アメリカとの情報共有」のために「秘密の保護」体制をとる必要があるというものです。ところがいま、ドイツのメルケル首相の電話をアメリカが長期にわたって盗聴してことが明らかになり、大問題になっています。盗聴の事実を認めざるをえなくなったオバマ大統領。言い訳に窮して「私が知っていたら、ただちに止めていた」と釈明しましたが、どうもこれもウソ。最新のドイツ紙の報道では数年前からオバマ大統領も知っていたと暴露されています。
 問題だらけの「秘密保護法案」。マスコミもあいついで社説で反対声明。10/24付「京都」―「民主政治の根幹を揺るがしてはならない」。10/26付「毎日」―「国会は審議でその危険な本質を明らかにし、廃案にすべきだ」。同「朝日」―「与党が数の力を頼みに、問題だらけの法案を成立させることに強く反対」。当然の主張です。
 世論もこの法案の危険性を感じています。10/28付「京都」の世論調査結果では法案反対は50・6%で賛成の35・9%を大きくうわまわっています。今国会の成立には「慎重に審議すべきだ」と82・7%の人が賛成していません。
 「笑い話」のような、矛盾だらけの法案は、国民からは「一笑に付」されるべきもの―断固反対、廃案以外に道はありません。
 「それはだれか」。いくつ目のヒントでおわかりでしょうか。
 ①本名は田所康雄 ②1928年3月生まれ、96年8月、68才でなくなる ③俳号「風天」ここでわかれば「通」だと思います。④48作 ⑤マドンナ ⑥帝釈天 ⑦山田組・・・ここまでくればわかるでしょう。
 俳優・渥美清さん。「男はつらいよ」の「車寅次郎」。「人よんでフーテンの寅」さんのことです。京都の関係でいえば、伊根を舞台に、いしだあゆみさんが登場した「寅次郎あじさいの恋」、西陣を舞台に、都はるみさんが登場した「旅と女と寅次郎」なども記憶に残る作品です。
  記憶に残るといえば、寅さんが発した「タンカ」「人生訓」「名言」のいくつかは今も鮮明に残っています。
 「やけのやんぱち、日焼けのなすび、色が黒くで食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たぬ」「結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻のまわりはクソだらけ」「あぁ生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか」「お前とおれとは別な人間なんだぞ、早え話が、おれが芋食って、お前の尻からブッと屁がでるか」「好きな女と添いとげられれば、こんな幸せはないけどさ。しかしそうはいかないのが世の中さ」「 女にふられた時は黙って背中を見せてさるのが男というもんじゃないのか」「労働者諸君。景気はどうだい。田舎のご両親は元気かな。たまには手紙をかけよ」・・・。 
 「男はつらいよ」シリーズでは、時々の社会問題・社会現象も投影されていました。 96年8月、渥美さんがなくなって17年、大きな変化の一つは、非正規労働者の激増であり、最近ではブラック企業問題でしょう。非正規労働者は90年代はじめ・92年1054万(21・7%)だったのが、2012年には2043万人(38・2%)にまでふくれ上がっています。 
 「寅さん」が健在で「男はつらいよ」シリーズが続いていたら、おそらく、非正規問題、ブラック企業問題がとりあげられていたことでしょう。
 その時、「寅さん」は、働く労働者、青年にどんなせりふを発信するでしょうか。「あぁ生まれてきて良かったなって思える社会にしようやないか」「そのために生きているんじゃないのか」「労働者諸君、青年諸君、たちあがるのはいまじゃないのか」。山田監督にそんなせりふをお願いしたいものです。
 「やんや、やんやの大喝采」のタイトルで紹介させてもらった、伏見の演説会。本コーナー「NO・530」にも広く反応をいただきました。なによりも嬉しいのは、演説会に参加したみなさんからの、躍進したからこその日本共産党の奮闘ぶり、自分たちの力でおしだした倉林明子参院議員の活躍ぶりへの感想です。
 倉林参院議員が新人ながら、委員会の理事になったことを生かして、福島原発・汚染水問題での閉会中審査をせまった姿に「外遊中の委員長を外国まで追いかけて委員会開催を迫るって、すごいパワーやね。ほんまに元気になるね」。
 初質問で要求した福島原発の人員増がただちに実現(まだ数は少ないが)したことに「初質問で、政府と東電を動かすなんて、ほんまに『即戦力』ってこのことやね」。
 公約どおりの「火をふくような」国会質問と演説に「国会に行って、いっそう迫力が増したね」「京都市会議員のときからみても、一気にパワーアップした感じ」。この方からはさらに「恐れ入りました」という言葉もいただきました。
 そして、倉林参院議員との一体感を感じていただいたのも共通しています。「私らがうんだ京都の議員が国会で活躍してるって感激や」「あの人は〝ほんまもん〟や」「倉林さんの話を聞いていると、国会と自分がとても近いような気がする。目線が私たちと同じというか、ほんまに私たちの国会議員っていう感じがする」。
 そして「倉林さんの話を聞いて『私も何かしなくては』と思った」と言っていただいた方もありました。少なくない人から「雨やったけど、話きけてよかったな」と言っていただいたのがなによりです。
 ほんとうに参加していただいて心から「感謝」「感謝」です。「寅さん」のいつもの一言ではありませんが、みなさんの声を力に一同「奮闘・努力」の決意です。ありがとうこざいました。
 臨時国会が始まり、その論戦の焦点の予算委員会審議。この予算委員会審議で舌鋒鋭く追及をおこなってきたのが日本共産党の笠井亮衆院議員です。予算委員会が第1委員会室でおこなわれることから、これまでも「第1委員会室の男」とマスコミでも報道されてきました。
  10月22日の予算委員会審議、とくに汚染水問題の追及は圧巻でした。答弁不能、答弁にたたない安倍総理にかわって、答弁にたった茂木経済産業大臣にたいし「そういうのを(首相を)完全にブロックしていると言うんだ」と一喝。委員会室もおおいにわきました。
  この追及を報じた「毎日」10/23付は「政府・与党から『自共対決国会』の声が出始めた」と紹介しています。日本共産党以外の野党が、安倍政権批判の「受け皿」としての役割を喪失しているもとで、日本共産党の存在感がましているといえるでしょう。
 他の野党はどうか。野党第1党の民主党、党代表の「フェイスブック」のコラムが話題をよんでいます。自ら「四面楚歌」と書き込みました。「読売」10/23付では「漢詩に詳しい海江田氏の真意を巡り、党内外で憶測を呼んでいる」と報じていますが、国会論戦の最中にこんなことが話題になるところに今日の民主党の姿が象徴的に示されているのではないでしょうか。
 10月20日に亡くなったコラムニストの天野祐吉さんの「朝日」連載・「CM天気図」は30年近く、週1回のペースで1132回まで続きました。毎回必ず読ませてもらいました。近年の今日の政治に斬り結んだ発言も注目でした。
 手元に資料がないので「孫引き」になりますが、21日付で引用されていた「いまこの国は景気さえよくなれば、憲法を変えようが原発を再稼働させようが『ええじゃないか、ええじゃないか』の空気にあふれている」「世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮な国よりも、戦争も原発もない『別品』の国がいいし、この国にはそれだけの社会的・文化的資産もある」などの発言は強く印象に残っています。
 本欄「丸・竹・夷」は、日本共産党京都府委員会のホームページ立ち上げに際して、「しんぶん赤旗」の「潮流」欄になぞらえて、京都の風土になじみ、京都人の思いに心をよせる政治コラム・政治ブログとして始めました。
 回を重ねて今号で531号。とてもとても、当初のねらいのような水準に達していないことは日々自覚しつつです。京都府委員会の勤務員の数人が分担して、日常の「活動」「業務」の隙間でこなしています。
 「私がいつも思うのはいい文章のいちばんの条件は、これをこそ書きたい、これをこそ伝えたいという書き手の心の、静かな炎のようなものだということです。大切なのは、書きたいこと、伝えたいことをはっきりと心でつかむことです。そのとき、静かな炎は、必要な言葉を次々にあなたに贈ってくれるでしょう」。こんな言葉に激励されています。
 この言葉は、「朝日」の「天声人語」を1975年から88年まで担当された辰濃和男氏の『文章のみがき方』(岩波新書)の一節です。この本では、4つの章・38の柱で「文章のみがき方」が展開されています。そのなかには「さあ、書こう」という章とともに「推敲する」という章もあります。先の引用した部分をもって「わかったようなつもり」になっているのは、「我田引水」の極みかとも思いますが、「先ずはご容赦」というところです。
 これまで「やんやの大喝采」という言い方をしていましたが、「やんや、やんや」と2回続けていうのが正確な表記だと聞きました。
 雨足が早くなり、「どうなるかな」と思って会場に向かいました。会場入り口では、カッパ・長靴姿の山田・伏見地区委員会副委員長が車などの交通整理の陣頭指揮です。開会15分前に会場に入ると、すでに半分くらいの人が入場、鈴木・伏見地区委員長が、参加者の入りの具合からみて、長椅子が足らなくなりそうで、パイプ椅子の移動に自ら、動き回っています。
 「雨でどうなるか」は取り越し苦労、開会時にはほぼ満席、参加者は300人近くにおよびました。10月20日に開かれた伏見区板橋小学校での議会報告演説会です。
 入党2年の女性の訴え、呉服店の経営者の方の消費税、原発問題の訴え、赤阪仁前市会議員の災害問題の報告に続いて、倉林明子参院議員の演説。激戦のなか、自分たちが押し上げたという実感、そして、なによりも当選後3ヵ月、躍進したからこその日本共産党の奮闘ぶりがリアルに語られ、「やんや、やんやの大喝采」、たいへんな熱気のある集会となりました。
 20数分の訴えのなかで、大きな拍手が11回、笑い声がひろがったのが4回。参院選中、年輩層の方々から「女・寺前」という声を数多くいただきましたが、今日の反応をみると、スポーツ新聞流にいうと「倉林節・炸裂」といったところでしょうか。
 訴えの区切り、区切りごとに聴衆のみなさんの顔が上がり、明るくなっていきます。演説会の雰囲気が天気までかえたのでしょうか。演説会がおわった時には、雨もほぼ上がり、会場の外はすっきり明るくなっていました。
 京都選出の自民党参院議員(のちに京都府知事)の演説会に何度か足をはこび、その演説を聞くことがありました。だいぶ前のことです。
 「北は丹後から、南は南山城まで」「(そして名前にからめて)○○ユキオでこざいます」というのが最初のつかみでした。京都の場合「東奔西走」でなく、その特徴はタテに長いというところにあります。
 丹後や与謝地方に出向くことがあります。京都市内から出て、天橋立より向こうに行こうとすると、いまのダイヤでは多くの場合、福知山か西舞鶴、宮津、天橋立で乗り換えとなります。乗り換えなしに行ける数少ない便の一つが京都12時25分発「はしだて5号」です。到着は、「野田川」なら14時40分、「峰山」なら14時53分。「久美浜」まで足をのばすと15時19分と3時間近くかかります。
 「信号まち」や「離合まち」なども多く、時刻表をにらみながら「西村京太郎」の世界に浸ることもあります。車窓からの風景も、四季折々の変化が心を和ませてくれます。車輌はグリーンとクリーム色のツートンカラーの「TANGO DISCOVERY」。座席まわりが少しゆったりしています。
 9月末にまわった時には、福知山・大江のあたりは台風18号の影響でしょう。泥水があたり一面を広く覆ったあとが残っていました。
 先週は14日と19日の2度、「はしだて5号」で現地に向かいました。与謝野町で元気な女性を党に迎えることができました。65才。地域づくりに熱心で、明るくたいへん快活な人でした。米軍レーダー基地設置が予定されている旧丹後町の宇川地域にもまわってきました。「こんなすばらしい景観のところ米軍基地か」の怒りがふくらみます。読者もふえました。
 天候は晴れもあれば、雨もありましたが、入党者を迎えると、読者が増えると嬉しくなります。14日は現地の議員のお宅に泊まらせてもらいました。19日は日帰り。京都駅についたのは20時48分。事務所にもどって一仕事です。
 夜になって嬉しいニュースがはいってきました。京都北部の地区委員会で18才の入党者がありました。その青年が知人から聞いた話として「今日は宮本顕治さんの誕生日なんですね」と話していたとのことです。
 宮本顕治さんというのは、日本共産党の今日の路線を築く中心的役割をはたし、長く、党書記長、委員長、議長をつとめてきた党幹部です。亡くなってから6年がたちます。
 日本共産党は「個人崇拝」とは無縁です。どこかの国のように「生誕◯◯周年」を国をあげて、また党をあげておこなうようなことは一切ありません。日本共産党の大半の党員は志位委員長や市田書記局長、そして、不破前議長の誕生日を知らないと思います。
 私が宮本元議長の誕生日を知ったのは、次の事実―戦前の暗黒時代に、宮本さんの妻であり、作家であった中條百合子さんが、夫が獄中にあったなかで、作家としての筆名を「中條百合子」から「宮本百合子」にあらためたのが、1937年の顕治さんの誕生日―10月17日だったという事実にふれた時です。
 宮本顕治さんがスパイの手引きで検挙されたのが、1933年12月26日。翌年1934年1月には百合子さんも逮捕されています。そのようななか、百合子さんは1934年12月に入籍の届けをしています。「弾圧の嵐が吹きすさぶなかで、あえて法律的にも『宮本』と名乗ることで、顕治と一心同体の活動を続ける姿勢を明瞭にした」(小林栄三著『不屈の知性』)のだと思います。
 筆名を「宮本」と改めたのは、それから3年後、弾圧の嵐がいっそう激しく、荒れ狂っている時です。そしてその日が10月17日。
 18才の入党者の一言が、あらためて歴史の感動的な一コマを蘇らせてくれました。
 「アべノミクス」についてではありません。先の参院選で躍進した日本共産党が参院選後はじめての国会にどのような立場で臨もうとしているのか、ということについてです。
 「3つ」とは、一言でいうと「対決」「対案」「共同」です。「対決」ー安倍暴走政権の暴走と正面から対決する。「対案」ーどんな問題でも国民の立場に立った建設的な対案を示していく。「共同」ー国民との共同を広げて悪政を包囲していく。この「3つ」の役割です。
 開会日の15日には早速、この具体化の第1弾として議案提案権を行使して、ブラック企業規制法案を提出しました。日本共産党参院議員11人せいぞろいで提出しました。日本共産党は今国会で、暴走政治がはらむ脆さと矛盾の焦点に切り込む論戦を展開します。
 参院選後の全国の中間選挙、先週の日曜までで、51の市町村議会選挙で12週連続で全員当選を続けています。それだけのご期待とご支持に応える責任を日々痛感しています。地域を歩いていていると「参院選では共産党にいれたよ。共産党はのびたんやから、安倍政権の暴走をほんとうに止めてくれよ」と厳しいご意見をよくいただきます。
 日本共産党の「出番」であるとともに「正念場」「がんばりどころ」だと緊張の毎日ーそんな電話が、倉林明子参院議員から京都の事務所にはいっています。
 台風18号が京都全域に大きな被害をあたえてから1ヵ月。住民の暮らしと経営を守る対策の強化がなによりも急がれます。
 同時に、この1ヵ月のなかでさまざまな問題点が浮き彫りになってきました。マスコミ各紙もまとまった報道をおこなっています。
 「京都」12日付夕刊は、京都府が250億円の巨費を投じて建設した貯水施設「いろは呑龍トンネル・北幹線」が「初めて満水となり、向日市で100戸以上の浸水被害を招いた」ことにふれ「貯水施設見えた限界」「巨大なハード事業だけに頼らない治水対策の必要性を浮き彫りにした」と論じています。
 14日付各紙では「毎日」が、「過去にも何度も水害に見舞われている」福知山市の戸田地区で「市が造成・売却した住宅地の購入者に対し、契約交渉時に浸水履歴を示していないこと」を告発しています。「朝日」は「命守る警報難題」として、特別警報と自治体対応について問題をなげかけています。「京都」は市の排水機場でポンプが停止し、浸水被害か拡大した京都市伏見区小栗栖で市が「ポンプか稼働していれば床上・床下290戸の浸水が数戸にとどまっていた可能性があった」ことを明らかにしたことを報じています。
 また、「日経」の13日付書評では、最近発行された室崎益輝、幸田雅治編著の論文集「市町村合併による防災力空洞化」を紹介しています。「東日本大震災などを事例に『平成の大合併』が地域の災害対応力にどのような影響を及ぼしたか」の観点は、今回の台風18号被害、とくに京都市に吸収合併された旧京北町や福知山・旧大江町などの被害、土木事務所の統合があたえた影響を考えるうえでも重要な視点でしょう。
 「災害は忘れたころにやってくる」どころか、毎年のように被害が続発、拡大しているもとで、
 これまでの延長線ではない、防災対策の抜本見直しが求められています。
 本当に驚きました。いま開会中の府議会での知事や府幹部の発言です。沖縄でヘリコプター事故があいつぎ、また、滋賀での日米合同演習へのオスプレイの参加にたいする不安が広がるなかでのことです。
 この問題をただした質問に、山田知事は「交通事故は平成24年1年で京都で12371件も起こっている。車が走れば、統計的に交通事故は起こる可能性はある」と「したり顔」で言ってのけました。5ケタの交通事故件数をスラスラ述べたことにも明らかなように、山田知事は「これをいってやろうと」と準備をして答弁に臨んだのでしょう。「したり顔」。辞書を引けば「得意そうな顔」とあります。まさに得意げに答弁をおこなったのでしょう。
 しかし、この人には、例えば、この発言を、日々不安にさらされながら生活を強いられている沖縄の人たちが聞いたらどう思うのか、といった「想像力」はこれっぽっちもないのでしょうか。
 「知事が知事なら」ということでしょう。知事発言に続いて、委員会では総務部長から次のような答弁がとびだしました。「一般的にオスプレイがとんでいるだけで危ないという代物ではないので、通常の飛行をする分には危険があるものではないと思っている」「仮に京都府内において(オスプレイの)訓練など行うにふさわしいところがあれば、これを受け入れることも考えなければならない」。
 「ええ加減にしいや」「もう、黙ってられへん」。これが京都人の普通の感情ではないでしょうか。
 秋といえば、「食欲の秋」とならんで「読書の秋」がこれまで定番「でした」。ところが、今年の異常気象、10月をすぎても30度をこえる日々。どうも「読書の秋」などという雰囲気ではないようです。
 気をとりなおして、おすすめの一冊があります。
 「マルクス、エンゲルスという人物は、どんな時代の人間か。そのことを頭に入れておかないと、読んでも情が移らないでしょう」「マルクスとエンゲルスと同じ頃に生まれて同じ頃に死んだ日本人で有名人がいないかどうか」「一人いました。エンゲルスが生まれた年に生まれ、エンゲルスが死ぬ2年前に死んだ、ほぼ同時代の人物です。名前は山本長五郎、広く知られた通称でいえば、清水次郎長です」。その本のなかの一つのくだりです。
 この本は、日本共産党が2011年1月から12年2月まで開催した「綱領・古典連続教室」のなかの「古典教室」での不破哲三さんの講義をまとめたものです。題して「古典教室」。
 「習い覚えた」スローガンを繰り返す―「教条主義」といってもいいでしょう。そんな立場とは無縁、自らの目と頭で自らの国の歴史と現状について分析し、改革の方向をうちだしてきたのが日本共産党です。そのことは私たちの自負であり、誇りです。
 不破さんの本でいえば、4年前、平凡社からだされた『マルクスは生きている』もたいへん注目と関心をよびました。「古典教室」はその本をより本格的に深めたものとでもいえるでしょう。
 この秋、日本共産党に少し関心をもちはじめられた人、とくに学生のみなさんに一読していただきたいものです。
  • 「戦争法」廃止を求める
  • ブラックバイトに要注意!働き方アンケート実施中!
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