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丸・竹・夷

2014年5月アーカイブ

○A-「僕は君が好きだ」・・・名古屋で顔をあわせ。
○B-「きれいに分かれようということになりました」・・・大阪にもどってメールで。
○A-「さびしいよ」・・・東京で周辺にもらす。

 下手な「3流恋愛小説」の一節ではありません。日本維新の会・分裂騒動のなかでの会話です。
 新聞に報道されている内容です。
 Aは、石原慎太郎氏、Bは橋下徹氏、いずれも日本維新の会の共同代表です。一時的に国民をあざむくことはできても、長続きしない―「賞味期限」のきれた日本維新の会の凋落ぶりをまたまた示した一コマといえるでしょう。「悪評芬芬」というより「悪臭芬芬」という方がかみあっているのかなあと思いました。
 この「別れ話」に弾みをつけた会合が、5月24日、ほかならぬ京都でおこなわれました。メンバーは、橋下氏とともに、結いの党・江田憲司代表。そして、民主党・前原誠司氏です。この会合では「『〝自主憲法制定〟の文言は野党結集の障害になる』との見方で一致した。石原氏の外堀は埋まっていった」(「朝日」5/29付)と報道されています。
 笑ってしまいます。橋下氏とともに、前原氏が現在の憲法を忌み嫌い、繰り返し罵ってきたこと広く知られているところです。
 「現行憲法の第9条は・・・のびきってゆるゆるになった『ゴムバンド』のようなもの・・・我々が政権を担えば、改憲論がより活発に論じられるようになることは間違いありません」。
  これは雑誌『諸君』2003年9月号での前原氏の発言です。前原氏の経歴の一つには、新憲法制定議員連盟の副会長という肩書きもあります。
 日本維新の会の分裂と新たな野党再編の動きも、国民から見放された人たちの醜悪な姿をよく示しています。
 ある大手新聞の本社記者と2時間余り話をする機会がありました。そのなかででてきた言葉です。
 大飯原発3号機、4号機の運転差し止めを求めた福井地裁判決に大きな共感が広がっています。
 「再稼働の差し止め」という結論とともに、憲法で保障された人格権―「人の命」をなによりも大事にするという立場、原発の他とは異なる異質の「本質的な危険性」への警告、そして地震大国・日本のもとでの「安全神話」を断罪・・・いずれをとっても本質的で真摯な論及と判断は、「なるほど」と思わせる説得力があります。
 マスコミ各紙が「当然の感覚映した判決」(「京都」)、「判決は前のめりな安倍政権の方針への重い警告」「なし崩し再稼働に警告」(「毎日」)、「事故を機に、法の番人としての原点に立ち返ったと言えよう」(「朝日」)と判決を評価する社説を掲げたのも当然です。
 ところがです。「読売」「産経」は、「不合理な推論が導く否定判決」「非科学的、非現実的判決だ」と、口汚く、「罵倒」といってもいいような社説をかかげました。その社説の中身たるや、判決をまともに読んだのかと、思わせるような「不合理」「非科学的」「非現実的」な決めつけに終始しています。
 はじめに紹介した記者は、この社説をだした社の人です。「原発に批判的な記事は書いてもとおらない」と言います。そして、最近では社の論説も「最初から結論ありき」で「とても読む気がしない」とも言います。「このような社に未来があるのか」と頭によぎりましたが、目の前の記者にそこまではいいませんでした。
 「元自民幹部、『赤旗』で首相批判―加藤・古賀・野中氏、相次ぎ登場」。
 5月19日付の「産経」新聞です。野中さん、古賀さんに続いて「しんぶん赤旗」日曜版の最新号に加藤紘一さん(元官房長官、元幹事長)が登場されたことの衝撃の大きさを示しているようです。この「産経」では、「しんぶん赤旗」の掲載日まで記載してあります。
 「産経」は共産党の作戦に「利用されている」と言っていますが、加藤さんも古賀さんも野中さんも、そんな揶揄・中傷におそらく「片腹いたい」と思われているのではないでしょうか。
 「片腹いたい」―広辞苑では「ちゃんちゃらおかしい」という説明もあります。
 大下英治氏の『日本共産党の深層』という本のなかに、古賀さんにインタビューした「しんぶん赤旗」記者によるエピソード―古賀さんとのリアルなやりとりが紹介されています。
 「いろいろご迷惑になっていませんか」。古賀発言の反響の大きさに、「しんぶん赤旗」記者が心配になって、古賀さんに声をかけました。それにたいし、古賀さんからは「全然なっていない。気にしなくてもいいよ」とのおおらかな言葉がかえってきたとのことです。
 古賀さんは、そのもとになったインタビューで次のようにのべられています。「戦後の長い間、国政の場で、自由民主党と日本共産党は、立場や政策は違っても、それぞれが自負も誇りも持って活動してきた、と私は思っています。離合集散する政党はたくさんあり、照る日や曇る日もあったが、その中でぶれずにやってきた。私に言わせると自民党と共産党こそが『2大政党』だとおもっています」
 「軍国主義の復活」という言葉を敢えて使ってもおかしくないような、今日の政治の現状。この政治をともに憂う、保守の方々と、これまでの立場をこえて、誠実に協力関係を強めたい―私たちはこう考えています。
 「憲法97条にはこんな規定もある。『基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果』。前文では『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする』とうたう。自民党の改憲草案からは削除されたこれらの言葉の重みを、改めてかみしめている」。  
 まったく同感です。「毎日」5月1日付夕刊『憂楽帳』の一節です。タイトルは「削られた言葉」です。
 とくに97条の言葉には特別の思いが重なりあいます。
 戦前からの日本共産党の中心幹部であった宮本顕治さん。なくなってもうすぐ7年になります。宮本顕治さんがなくなった時、作家であり哲学者の加藤周一さんがよせられた追悼文には次のような記述がありました。
 「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」。
 宮本さんをはじめ、日本共産党の侵略と抑圧の暗黒政治へのたたかいは、憲法97条が記している「人類の多年にわたる自由獲得の努力」、まさにその確固とした、不可分の構成要素といえるでしょう。
 暗黒裁判のなかで、宮本さんの最後の陳述は〈『人類の正義に立脚する歴史の法廷』は必ず弾圧者の誤りと自分たちの正しさを証明するだろう〉と結ばれています。
 この党がなかったら、そしてこのたたかいがなかったら・・・。加藤さんの「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」―その「言葉の重みを改めてかみしめ」たいと思います。
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