「店を開けたのが去年の4月8日ですから、この4月で1年になります。なんとかもちそうです」。
日本共産党京都府委員会の事務所近くの食堂です。夫婦ふたりでやりくりをされています。ご主人はいつも朝7時過ぎには店の前のそうじです。雨の日もです。そして夜8時すぎまでたちっぱなしです。最近でこそ、時々「休み」の日がありますが、半年ほどは文字通り「休みなし」の毎日でした。
この食堂が借りているところはこの間、いくつかの店がはりつきましたが、ごく短い期間で閉店があいつぎました。それだけに「なんとかつぶれないでもってほしい」との思いがありました。毎日毎日、懸命にがんばっておられるご夫婦の姿をみているとなおさらです。
身近なところでこんなことがありました。京都府委員会に勤務している人の体験です。実家は中小零細商店でした。一度倒産、その後、60年代の「高度成長期」には景気がよかったようですが、それも長続きせず、「資金繰り」におわれ、眠れぬ日々。そして、ある日、自ら、命をたつことになりました。
その日早朝、電話が入りました。「病院に運ばれた」との一報でした。まだ、地下鉄開業の前で、京都駅からタクシーで病院に向かいました。そのタクシーは、ラジオをつけていました。流れていた番組では、火事や事故、救急車や消防車の出動状況なども伝えていました。タクシーが病院のご近くまできた時でした。ラジオから「○○病院に搬送された□□さんが、さきほど亡くなりました」。「こんなことがあるのか」と思いました。その商店はしばらくして2度目の倒産。
いまの日本でこのような例は珍しい話ではないでしょう。最近の統計では、京都でここ数年減少していた自殺者がまたふえる傾向にあるとのことです。
・・・懸命にがんばっている人たちが、「贅沢」とまでいかなくても、せめてまともに暮らしていける。そんな社会こそ・・・。食堂のご夫婦と顔をあわせるたびにそう思います。












