いささか「大袈裟」ですが、京都の風土、自然と文化を大切にすることを自負している私たちとして、是非紹介しておきたいと思った一冊があります。このコーナーが「丸・竹・夷」と名乗っているからこそ(*)、なおさらです。
その本は、麻生圭子さんの『京都早起き案内』(PHP新書)です。「しんぶん赤旗」12月1日付の読書欄で紹介されています。麻生さん「定番」の町屋を背景にした和服姿でなく、シックな色合いにみえる洋装です。
その本の全体を通して、60余りの京都の寺院、神社、地域が紹介されています。観光客のにぎあう時間帯でなく「早朝」というところがポイント。麻生さんならではのみずみずしい感性で綴られています。
京都人にとってその一つ一つに身近な想い出が結びついています。それぞれの人にとって色とりどりです。
私の場合です。
一つ目に紹介されている北野天満宮。「天神さん」です。毎月25日の縁日、境内に露天商がならびます。北野天満宮に関わる「早起き」の想い出でいえば、縁日の翌朝です。露天商がならんでいた通路には、前日の混雑の中、釣り銭や小銭がおちているのです。それを探して拾って、ポケットにいれる、ポケットに入れるには至らず、賽銭箱にほりこむ。いまだから明かせる小学校時代の仲間内の「風習」でした。
二つ目に紹介されている「平野神社」。その北側の道は、衣笠中学校への通学路でした。ところがです。この道はいつの頃からか、女性徒だけが通る道になっていました。さらに「ところが」です。この道の真ん中のところに、友人の男性の家がありました。朝の通学の際、その道を通って、その友人に声をかけるのにも「勇気」がいりました。
麻生さんは1980年代、小泉今日子さんや徳永英明さん、吉川晃司さんなどのヒット曲の作詞をてがけた人です。その人が91年から作詞家からエッセイストに、そして96年から京都住まい。作詞家からエッセイストへの道にすすむ理由が「進行性の難聴」にあったとプロフィールにふれられています。
読書欄の最後のところに紹介されていますが、「私は進行性難聴なのですが、聞こえないからこそ味わえることを大事にしています。目で補い、動くものや色、人が気づかないものを捉えて伝えていきたい」という、麻生さんの一言もたいへん新鮮です。
(*)「丸・竹・夷」のコーナーをもうけるにあたって(再録)―「『丸竹夷二押御池・・・』。昔から京都で親しまれてきたわらべ唄です。日本共産党京都府委員会の建物は、この唄の 出発点・丸太町通りに面しています。この地から発信する私たちのメッセージ。京の路地 裏にしみこんでいく〝わらべ唄〟のように、皆さんから親しまれることを願っています」












