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丸・竹・夷

(537)橋本さんの、細めた目

 長く久美浜町議をつとめられ、久美浜の党の「顔」のお一人であった橋本信一さんが10月29日なくなられました。88才でした。久美浜の党は、町議会で最高時8名の議員をしめ、毎回の町長選挙でも大接戦を繰り返し、関電が久美浜に予定した原発計画を、町民とともに数十年にわたるたたかいで中止においこみました。誇るべき歴史と伝統をもつ党組織です。
  何度となくお会いしたことがあります。この前の衆院選を前にした決起集会で、司会の人の声が小さいと、座席から「元気がないぞ。勝つ気やったらもっとちゃんとやれ」という声をあげるほどお元気なように見えました。
 最近のことでいちばん印象に残っているのは、昨年の5月27日のことです。この日、京都の大会にあたる「府党会議」が亀岡でおこなわれました。橋本さんは、息子さんの奥さんとともに代議員として出席。息子さんの奥さんとは京丹後市議の橋本まり子さんです。高齢の父親とよりそう息子の嫁。お二人の姿はたいへんほほえましいものがありました。この日は橋本まり子さんは新人議員ながら千名ほどの参加者を前に、気負いなく、さわやかに発言。橋本信一さんの、もともと細い目をいっそう細めた目が印象に残っています。
  現職の教員であった橋本まり子さんに市会議員選挙立候補の決意を固めていただくために3度、4度と峰山に足を運びました。小さい頃貧乏で、お母さんからいつも「灯油代がもったいないから勉強せんと早く寝な」といわれました。父親の葬式の時、友だちがくるのが恥ずかしかったと言います。その理由は「家がボロボロだったから」。そんな中、成績は中学でも高校でも大学でもずっと一番。中学校では学校はじめての女性の生徒会長に。その時の公約は「強い生徒会」。教師時代は、常に子どもたちによりそった教師になろうとがんばりました。そんな人だけにどうしても決意してもらいたいと話にも熱がはいりました。
 途中で内緒で橋本信一さんに相談の電話をかけました。橋本信一さんからは「決意してくれるんじゃないか」「当選したら立派な議員になると思う」との感触を伝えてもらいました。その返事どおり、橋本まり子さんは決意してくれ、この日も橋本信一さんの見立てどおりの「立派な」発言をしてくれました。あの時、橋本信一さんはどんな思いで発言を聞かれていたのかと思うと胸が熱くなります。
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