11月24、25日。瀬戸内さんや菅原さんの発言に思わず背筋がのびる思いがしました。
この両日、多くの新聞で秘密保護法案への厳しい批判が目につきました。
そのなかでもとくに鮮烈な印象をうけたのが、「京都」24日付『天眼』欄の瀬戸内さんの発言です。タイトルは「足おと」。「私は1922年生まれだから」ではじまる、その文章。最後のところで「昭和16年、17年頃から、次第に生活にしのびこんできた戦争の近づく足おと・・・近頃日ごとに大きくなって、私の耳に近づいてくる。90年生きた老人にとって、80年前の過去は、遠いだけに、そのあたりの記憶は実にあざやかで確実なのである」そして「秘密保護法案などという怪しいものがまかり通っては、まさにあの不吉な戦争前の足おとがよみがえる。もしかしたら私の長生きは、そのことを今の若者にしっかり告げよというはからいの命なのだろうか」と結ばれています。
25日午後、亀岡市で用務のあと、京都駅で夕刊各紙を買い求め、京都府委員会までの電車のなかで一読。そのなかには、共同通信の取材に応じた菅原文太さんの発言の要旨が「毎日」に掲載されていました。
秘密保護法案の動きに「異様な感じで受けとめた。先の戦争の片りんが影絵のように透けてみえる」「そんな時代が再び来たらいけないということは、戦争をちらっとでもかじった人はみんな考えるはずなんだけど」「9条があるから戦後70年、ほぼ平和にきたんだ」。
とくに安倍総理には手厳しい。「愛想よくほほ笑みながら、言葉巧みに美しい約束を繰り出すが、俺たちはきれいな明かりに誘導されて炎に飛び込んで死ぬガのようにはなりたくないね」。
締めくくりに「また、不幸な時代を日本国民が迎えてしまうのか。単なる杞憂じゃなく、危ない時代になっている」と強調されています。
府内各地で、これまでにない広がりで、「秘密保護法廃案」との運動と声が強められています。
瀬戸内さん、菅原さんの痛切な言葉の一つひとつを正面にうけとめたいと思います。












