「劣化」-少し難しい言葉ですが、手元の辞書では「時がたつにつれて、品質・性能がおちること」とあります。「活力」ー同じく辞書では「活動するための力」とあります。いわば「品質・性能」がおち、「活力」がなくなることを「劣化」と言っていいのかも知れません。
漢字の勉強をしようというのではありません。政党の「劣化」と「活力」についてです。
「秘密保護法案は問題が多すぎる。廃案にして出直すべきだ」「故・梶山静六氏や野中広務氏、少し年下の加藤紘一氏や河野洋平氏のような面々が自民党で活躍していたら、こんな法案が提出されることはなかったのではないか。秘密保護の法案を作るにしても、歯止めをめぐって侃々諤々の議論が党内で巻き起こっていたに違いない。この法案は政権政党としての自民党の劣化を映し出ている」。「朝日」の星浩・特別編集委員のコラム(11/17付)の一節です。
古賀誠・元自民党幹事長が改憲問題で「しんぶん赤旗」に登場した時にも同じことが論議となりました。星氏のコラムが掲載されたその日の早朝のTBS系の番組『時事放談』では、野中、古賀両氏が登場、秘密保護法批判を展開しています。安倍暴走の一歩一歩が自民党の劣化を進行させ、「弔いの鐘」をならしているということでしょう。
自民党なりに活力のあった時代もありました。
「70年代の国会は、最近の国会と比べると、はるかに活力に満ちていました」「自民党の側も・・・国会論戦にのぞむ態度も70年代の首相たちは、最近の人にくらべて、ずっと真剣でした」(新潮社刊『私の戦後60年』)。
「歴代首相との白熱論議ー70年代の国会」「70年代の首相たちには、共産党の質問でも、大事だと思えば、真剣に耳を傾け、対応する姿勢があったし、質問後も私の席にきて『今日はやられた』『あの質問はよかった』と感想を述べたりしたものです。最近の国会にはそうした雰囲気は感じられません」(中央公論新社刊『時代の証言』)。
国会議員時代、18人の総理と論戦を展開した不破哲三さん(日本共産党・元議長)ならではの実感です。
京都では、自ら29年にわたって掲げてきた「活力」という言葉を団体名から削除した団体があります。京都府知事選挙での自民党・オール与党陣営の政治団体・「活力京都」の会です。2010年2月10日のことでした。自民党のなかには「活力」という名前の復活-「昔の名前」を望む声もあるようです。
あれから4年近く、今回の京都府知事選挙を前に、全国で自民党推薦やオール与党首長の敗北や辛勝が相次いでいます。京都府知事選挙をめぐって、現職与党陣営はどんな選挙体制を組むのか、四苦八苦のようです。ここにも大義がないからこその「政党の劣化」がすすんでいます。












