歌手・島倉千代子さんの死去にあわせたように、青函トンネル内の「竜飛海底駅」の廃止セレモニー(廃止自体は2014年3月)が11月10日に行われました。そのことを報道するテレビでは、「竜飛」という地名を一躍有名にした「津軽海峡・冬景色」が流されています。
歌っているのは石川さゆりさん。「杉下右京」氏と同様、「細かいところが気になる」のが私の悪い癖。資料をみてみました。石川さゆりさんが歌手の道を選んだきっかけは、小学校1年の時、島倉千代子さんの歌謡ショーをみたことだったのだそうです。小学校5年10才の時、歌手をめざして横浜に移住です。石川さんの郷里は彼女の歌にある北海道や北陸でなく、九州だったのも意外でした。全くの偶然ですが、島倉千代子さんと石川さゆりさんのNHKの紅白歌合戦への出場回数はどちらも35回。金銭トラブルに巻き込まれ、多額の借金を背負うことになったのも共通しています。
脱線しましたが、ここで「島倉千代子・石川さゆり」論をのべるつもりはありません。ふれたいのは「竜飛」という地名の記憶です。
当時、日本共産党は躍進の流れのなかで、夏休みなどの時期に、「人民大学」という、国民に開かれた学校を開催していました。時々の政治課題にたいする日本共産党の主張や政策、活動にとどまらず、党の綱領路線、自主独立の立場、理念問題など「丸ごと日本共産党を知る」、まとまった講演がおこなわれました。党員だけでなく、広く参加がよびかけられていました。
その年は北海道・網走での開催でした。京都から友人数人で日本海まわりで汽車で現地に向かいました。京都を朝出発、現地についたのは、翌日の午後1時すぎ、30時間かかりました。 汽車のなかで「退屈しのぎ」の話題の一つが向かおうとする北海道の各地の地名でした。「なじみのない」「読み慣れない」「知らないと読めない」地名が少なくありません。その中の一つが「竜飛」でした。「竜飛」は北海道でなく青森の北端ですが、「こんな地名もあるのか」と印象に残りました。
それから数年後の1977年、「津軽海峡・冬景色」が大ブレイク、「竜飛」という地名は忘れることのない記憶になりました。
当時、日本共産党の第11回党大会、第12回党大会では「民主連合政府をつくろう」と力強くよびかけられ、全党はこの旗に励まされ、勇躍がんばりました。いま日本共産党は来年1月に党大会を予定し、大会に提案される決議案ではあらためて「21世紀の早い時期に民主連合政府」という目標をかかげています。そして次の衆議院選挙や参議院選挙を、この目標の「展望をきりひらく」選挙にしようとよびかけ、統一戦線のあり方についての問題提起、50万の党の実現もかかげています。
歴史はジグザグを繰り返しながら、確実に前進する―このことを示す党大会にしたいところです。












