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丸・竹・夷

2013年6月アーカイブ

 今や若い世代の2人に1人が非正規雇用であり、とくに京都の非正規雇用率は全国でワースト1(「就業構造基本調査」)。多くの若者が正社員をめざす競争に駆り立てられ、「就活うつ」を発症したり、就活を苦に自ら命を絶ってしまうというケースも少なくありません。
 亡くなって改めて、近藤忠孝さんのやった仕事の大きさを知った思いがする。

 水俣病などとならんで、日本の公害病裁判の代表であった、イタイイタイ病裁判がたたかわれたのは1968年から71年。
 当時の判例を覆した裁判の全面勝訴は、「公害列島」と呼ばれた日本社会の姿を変えた。
 大手メディアのほとんどが、弁護団副団長だった近藤さんの死をつたえ、京都新聞は夕刊1面で報道した。
 渡部桂舟(本名・利喜治)さんは、1901年福島県・西会津で生まれた。僧侶を志し、旧制中学を中退し駒沢大学へ。学生運動を通じて当時非合法であった日本共産党に1929年頃入党。その後、京都府の北端の地・丹後半島の中心に位置する野間村の洞養寺住職となる。戦後の農地改革では、自ら寺所有の田地をすべて小作人に開放し、アカ坊主攻撃と集団離壇攻撃にも屈せず信念を貫く。公選制であった野間村教育委員選挙に立候補当選、教育委員長をつとめる。合併された弥栄町の日本共産党町議を2期。高度経済成長のもとで見捨てられる過疎の村を守るたたかい、学校統廃合反対のたたかいなど党の旗をたかく掲げて奮闘した。
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