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丸・竹・夷

(511)「遺子(いし)を託す」...バトンを受け継ぐ覚悟

 「遺子(いし)を託す」という言葉があります。自分の命がなくなろうとするとき、残された大切なわが子を託すほどの強い信頼。「親友」とは? の説明につかわれたりします。

 日本国憲法第97条はこう書いています。
 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」

 日本共産党が生まれたのは1922年7月15日。
 党員一人ひとりの生身の人間の歩みは、日本共産党の91年間の、暮らしと平和と民主主義を守り、本当の独立をもとめるたたかいと重なります。

 今まで私は、志なかばにして倒れた先輩や友人の歩みを、97条前段の「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」として、「今」に受け継がれている基本的人権に刻み込まれていると理解することが多かったように思います。「曲折はあっても日本は戦争せず、基本的人権と民主主義を守ってきた。そのなかに、故人の不屈で誠実なたたかいの人生が生きている」という風に。

 自民党がこの97条全文を削除する改憲草案を掲げて、96条改定を皮切りに憲法9条の改悪、さらに憲法全面改革に乗り出そうとしています。基本的人権を否定して恥じない勢力が憲法9条を改憲しようとする特別に危険な情勢です。

 そのもとで、改めて97条を読み直すとき、条文の後段「これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」に背筋が伸びる思いがします。

「過去幾多の試練に堪え」守られ、豊かにされてきた基本的人権を、「信じて託された」私たちは今、何をなすべきか。憲法全面改憲の野望に正面からたちむかい、歴史に逆行する野望を打ち砕くことこそ、バトンを託されたものの責任ではないか。そう思うのです。

 5月12日。知恩院の「京都解放運動戦士の碑」の前で、行われた第58回 合祀追悼祭。280名の参加者とともに、参議院選挙・東京都議選に必ず勝ち抜く決意を新たにしました。(TH)
 

 
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