1933年2月20日、日本共産党員作家、小林多喜二が戦前の暗黒政治のもと、「特高」と呼ばれた秘密警察の手で、拷問、虐殺されてから80年になる。
彼が作品としてのこした、反戦平和や労働者・農民の状態改善のためのたたかいは、いまも、読むものの魂を揺さぶり、勇気づけ、全国各地で「多喜二祭」が予定されている。
弾圧者は、小林の遺体の解剖すら妨害し、通夜、告別式に集った人々を総検挙した。弾圧の激しさは彼らが多喜二をいかに憎み、恐れたかの証明でもある。
それから、2年後の1935年。侵略戦争の拡大とともに弾圧がいっそう激しくなっていくなかで、京都ではもう一つの拷問死告発のたたかいが展開されている。全評京都協議会出版労組、鰐淵清寅が西陣署特高係らによって4月7日早朝に逮捕され、同日午後7時頃、同署道場で拷問・虐殺された。享年20歳。
京都の労働者たちは、その糾弾と救援運動を展開。ついに責任者は処分され、当時の金で500円の賠償金を払わせている。
京都の民衆運動の粘り強さに驚嘆する。
国民と深くつながり、結びついた強くしなやかな日本共産党が求められている今、京都の民衆運動史は、我々が学ぶべきものの宝庫である。(TH)












