「社会主義・共産主義の社会」とひとくくりにしたのはどうして?
- 質問
- 未来社会を「社会主義・共産主義」とひとくくりにしたのはどうしてですか?

日本共産党規約の第二条では、わが党のめざす未来社会の目標について、「終局の目標として、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会の実現をめざす」と書かれています。今回の改定では、この終局の目標となる未来社会の呼称について、「社会主義・共産主義の社会」という表現を使うことにしました。
これは、未来社会を二つの段階に分けるのではなく、一つの社会の連続的な発展としてとらえる立場を明確にしたものです。
従来の“定説”を抜本的に再検討して
従来の綱領は、資本主義を乗り越えた社会を「共産主義の第一段階」としての社会主義社会と「共産主義社会の高い段階」の二つに分けていました。
この記述は(レーニンが著作『国家と革命』(1917年)のなかで展開した、共産主義社会の「二段階発展論」にもとづいたものです。これによると、共産主義社会の「第一段階」では、“能力に応じて働き、労働に応じて受け取る”という原則が実現され、「高い段階」では、“能力に応じて働き、必要に応じてうけとる”という原則が実現されます。「能力に応じて働く」のはどちらも同じですから、これは、未来社会を「労働に応じてうけとる」か、「必要に応じて受け取る」か、という生産物の分配の角度から区分していることになります。二つの段階のうち、「第一段階」が社会主義社会、「高い段階」が共産主義社会と呼ばれてきました。
レーニンの没後、この二段階発展論はスターリンによってソ連社会の現実と強引に結びつけられ、ソ連社会の変質の過程を「社会主義化」あるいは「共産主義」の名で美化する“理論的な、道具だてとして最大限に利用されてきました。これが、二段階発展論が、国際的な“定説”となった歴史的背景でもあります。私たちは、今回の綱領の改定にあたり、こうした歴史的背景と科学的社会主義のそもそも論にまで踏みこんで抜本的な再検討をおこないました。その結果、次のような結論に達しました。
第一に生産物の分配方式の違いで未来社会を二つの段階に分けるという考えは、レーニンの解釈であって、マルクス。エンゲルスのものではありません。
第二に、マルクスもエンゲルスも、未来社会を展望するさいに、分配方式にもとづいた青写真を描くようなことはしませんでした。
第三に、社会主義的変革の中心問題として、党の綱領に書さ込むべき.だとマルクスが考えていたのは、分配をどうするかではなく、生産様式どう変革するか、具体的には、「生産手段の社会化」こそ、党の綱領に掲げるべき中心問題だということです。
第四に、マルクスもエンゲルスも、来来社会を人類の壮大な発展の時代としてとらえていました。ですから、「必要に応じて」の分配ができるかどうかで、共産主義社会の完成の度合いを測るような狭い見方をしたことはありません。こうした検討の詳細は、不破議長の『古典研究,マルクス未来社会論』(新日本出版社)などで詳しく解明されていますので、ぜひ参考にしてください。
共産主義も社会主義も同じ未来社会
実際、マルクス、エンゲルスの著作には、未来社会を表すものとして社会主義という言葉も共産主義という言葉も登場しますが、未来社会を発展段階にしたがって、社会主義と共産主義に区別するという使われ方はまったくありません。たとえば、マルクスの『資本論』では、未来社会は「共産主義社会」と呼ばれています。『資本論』刊行から十数年以上あとに書かれたエンゲルスの『反デューリング論』や『空想かち科学へ』では「社会主義社会」と表現されています。これらはどちらも、同じ将来の社会を表現する言葉として、そのときどきの状況に応じて使われたもので、高い段階、低い段階という区別はありません。
改定された綱領は、その初心に帰る立場で、分配方式にもとづく未来社会の段階区別をやめることにしたのです。
私たちは、日本共産党を名のって共産主義社会をめざす立場を明らかにしています。そして、理論は科学的社会主義であり、社会主義を掲げています。だから、どちらかを一つはずして、呼称を一つするわけにはいきません。そこで、綱領の文章では、未来社会を表すのに「社会主義・共産主義社会」という表現を基本にしました。
同時に、未来社会の特徴づけではなく、未来社会の実現にいたる変革の問題や他国の体制などを表す場合は、たとえば、「社会主義的変革」「社会主義をめざす」「社会主義への道」「市場経済を通じて社会主義へ」のように、社会主義という言葉を使っています。
今後、党の文書などで未来社会を表現する場合は、社会主義社会と共産主義社会のどちらを使っても同じ意味ということになります。もちろん綱領の「社会主義・共産主義の社会」の表現をそのまま使うこともあるでしょう。どの表現も、未来社会をすべての段階にわたって表す用語として扱うということです。同時に、日本共産党の外では、社会主義と共産主義という二つの呼び名が、従来型の二つの発展段階を示すものとして使われる状態がこれからも続くかもしれません。そういうなかで、日本共産党綱領が「社会主義・共産主義の社会」という二つの呼称を並べた表現を用いていることは、“社会主義も共産主義も同じ未来社会を表現している。それが科学的社会主義のほんらいの立場だ”という私たちが到達した新しい見地を明示する意味ももつでしょう。
新しい社会の本当の値打ちが鮮明に
この探求は、現在の諸条件のもとで、社会主義・共産主義への前進が、日本の国民の前途に、また人類全体の前に、どんなすばらしい未来を開くものであるかを明らかにしようと思ったら、避けることのできないものでした。
「労働に応じて」賃金をうけとるのが資本主義社会だという宣伝が、以前から広くおこなわれてきました。今日、多くの人は、賃金をそのように考えています。したがって、生産物を「労働に応じて受け取る」というのが社会主義だといったのでは、社会主義になって何が変わるのかを国民に理解してもらうのは困難です。これは、分配の仕方によって社会主義・共産主義を区分する二段階発展論では、未来社会の真価を的確に語ることはできない、ということです。今回の綱領改定で、分配論でなく生産様式によって未来社会論を記述しました。これによって、「生産手段の社会化」が社会生活にどのような変化を引き起こすかが、未来社会論の中心にすえられ、私たちが道を開こうとしている新しい社会の本当の値打ちが鮮明になりました。「社会主義・共産主義の社会」という表現には、こうした日本共産党の豊かな未来社会論が込められています。
- 参考文献
- 報告集 日本共産党綱領』(41〜46ページ。62〜64ページ、127〜135ページ、162〜163ページ、178〜181ページ、215〜216ページ、261〜262ページ)
- 『新・日本共産党綱領を読む』(334〜349ページ)
- 不破哲三『党綱領の理論上の突破点について』(109〜116ページ)