JCP京都

文化のページ2006年03月

06年3月 8日(水)掲載

[愛・京都2006]展募集

よびかけ

 京都を愛するみなさん、この4年間の間に京都は暮らし経済、文化、街とあらゆる面で大きく変わり京都らしさはますます失われてしまったように思われます。いまアスベスト、耐震強度偽装、ライブドア、米国産輸入牛肉など「規制緩和」のかけ声ですすめられてきた、国民の安全と暮らし切捨ての小泉「構造改革」に批判の声が高まっています。格差社会と貧困化への不安が高まり「改革を見直してほしい」の声が過半数を超えました。その小泉「構造改革」に「同感」と言いながらすすめられているのが今の府政です。教育、福祉、文化などの予算削減や各方面で府民に冷たい施策が続いています。いまこそあたたかな府政の実現が求められているときです。

 「府民本位の新しい民主府政をつくる美術の会」は、京都の良さを守り、魅力的なよりよい表現の場をつくり、人びとが未来に希望のもてるような新しい京都のまちづくりをめざしています。

 京都の再生を願って、思いを集め、アピールする「愛・京都2006」展への出品作品を募ります。ぜひご参加ください。

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麻生大臣の不明とトマス・マンコラム

加納たけし

 「高野山は帝城を去って二百里、京里を離れて無人、晴嵐梢を鳴らして夕日の影静か也。の峰、の谷、誠に心も澄みぬべし。」

 平家物語「高野の巻」の一節である。この土地に、日本人の心の拠り所のひとつが連綿としてあったことはまちがいないだろう。

 堂宇から離れて千手院橋を渡り、深い木立のなかを奥の院に向かう道へ入るとすぐ、ひときわ大きな石碑が目につく。秀吉の朝鮮の役で犠牲となった敵兵を慰霊したもので、裏には建立者である島津義久、家久父子の名がある。奥には、大名のものもふくめて十万基をこえるという墓があり、平敦盛と熊谷直実、武田信玄と上杉謙信、柴田勝家、明智光秀などが、この同じ場所に眠っている。島津父子のものもあるが、慰霊碑にくらべるとずっと質素である。

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