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06年1月30日(月)掲載

狂医之言……朝日新聞社説を読んでコラム

林 保雄

 「狂医之言」は「解体新書」出版の翌年に杉田玄白が著わした、解体新書に対する旧医学界からの批判とそれに対する自身の反論を収めた書物であり、私は他の本に引用された一部分を知っているだけである。西洋医学の基礎を紹介した解体新書は版を重ね、日本各地に普及し、日本の学問の在り方を大きく変えた。今日から見れば当時の旧医学に解体新書批判の資格は無いと言わざるを得ない。今日では解剖実習の経験を積まないと医師免許の受験資格さえ無いからである。当時腑分けと言われた人体解剖は刑場などで時たま行われていた。幕府の医官が立ち会う事もあった。彼らは中国伝来の人体図と実際の人体の構造との違いに気付きながら、その理由が分からず、中国人と日本人では体の内部に違いがあるのかも知れないという迷妄に陥ったりした。通念に支配され、事実から目を背けていたのである。玄白、前野良沢、中川淳庵らも西洋医学書の図を見ていなければ同じ様に迷ったかも知れない。彼らは事前に中国と西洋の解剖図の違いに気付き、実見の機会を待っていた。そして正しいと検証出来たものに対して、自らの面目を改める事に躊躇しなかった。通念を疑い、検証を尊び、自らの認識を改めていく態度は科学的精神の現れである。解体新書は江戸時代の日本人に科学的精神が存在していた証明でもある。

 資本主義の客観的な構造は資本家と労働者による階級社会である。これは存在するものの事実であって、主観によってあるなしが左右されるものではない。社会の構造を無視し、階級的な視点を忘れて社会問題を論じると先ほどの旧医学と同じく迷妄に陥る。本日付の朝日新聞社説は日本共産党大会を論評した。終わりに「2大政党への批判の受け皿に徹すれば小さくとも生き残れるかも知れない。一方で党員の高齢化が進み、党勢拡大の展望は見えない。このじり貧の道からどう抜け出すのか(後略)」とある。つまり将来共産党は消滅すると言っているのである。この論評が陥った迷妄は、政党がそれぞれの階級の利害を代表し、その階級の最も活動的な人々を組織して成立するという本質を理解していないことと、社会に小さな変化は起きても大きな変化は起きないと思っている事である。共産党は資本主義の必然の産物である。それを理解しない者は解体新書以前の医者のようなものだ。体の表面を知ってはいても奥深い構造は知らないのである。社会矛盾はダイナミックに働く。表層の変化ばかりでなく、矛盾が激化し、解決に到る深層を探る事こそが肝心である。侵略戦争を侵略戦争と認識出来ず、戦後は懺悔から始めなければならなかった商業新聞に日本共産党を論評する論理的な資格など無い。社会の皮相しか見えない者は社会の解剖学を知っている者に学ぶべきであろう。(2006年1月17日記)

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