狂医之言……朝日新聞社説を読んで[コラム]
「狂医之言」は「解体新書」出版の翌年に杉田玄白が著わした、解体新書に対する旧医学界からの批判とそれに対する自身の反論を収めた書物であり、私は他の本に引用された一部分を知っているだけである。西洋医学の基礎を紹介した解体新書は版を重ね、日本各地に普及し、日本の学問の在り方を大きく変えた。今日から見れば当時の旧医学に解体新書批判の資格は無いと言わざるを得ない。今日では解剖実習の経験を積まないと医師免許の受験資格さえ無いからである。当時腑分けと言われた人体解剖は刑場などで時たま行われていた。幕府の医官が立ち会う事もあった。彼らは中国伝来の人体図と実際の人体の構造との違いに気付きながら、その理由が分からず、中国人と日本人では体の内部に違いがあるのかも知れないという迷妄に陥ったりした。通念に支配され、事実から目を背けていたのである。玄白、前野良沢、中川淳庵らも西洋医学書の図を見ていなければ同じ様に迷ったかも知れない。彼らは事前に中国と西洋の解剖図の違いに気付き、実見の機会を待っていた。そして正しいと検証出来たものに対して、自らの面目を改める事に躊躇しなかった。通念を疑い、検証を尊び、自らの認識を改めていく態度は科学的精神の現れである。解体新書は江戸時代の日本人に科学的精神が存在していた証明でもある。