JCP京都

文化のページ

 京の文化は奥深いものがあります。このページでは日本共産党文化後援会のみなさんの協力を得て、音楽、演劇、映画などなど、各ジャンルの専門家の方々から、幅ひろく文化について語っていただきます。テーマはまったくの自由にお願いして、時々の話題を提供します。

06年10月25日(水)掲載

「きらめく星座」の高校巡演鑑賞

 昨年の夏、劇団京芸は創立55周年記念公演で井上ひさし作「きらめく星座」を上演した。

 この芝居は、第二次世界大戦前夜の12月7日が終幕になっており、戦争に向かって突っ走る日本の様子が活写されている。

 今年からこの芝居の高校巡演がはじまった。高校生たちは驚きの目で、この芝居を新鮮に受けとめてくれている。

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06年10月 4日(水)掲載

京都労演50周年プレ企画鑑賞

 京都芸術センターとの共催で、京都労演50周年プレ企画をこの秋(11月15日〜11月19日)、京都芸術センター(旧明倫小学校)で開催します。

 若き杉村春子、森本薫らの青春群像を描く文学座と、日の丸信奉者の校長先生とブラックな笑いで描く、自立の会との二本立て公演…繋ぐテーマは「演劇と戦争」です。

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06年7月11日(火)掲載

元気になった文化のつどい! 京都文化後援会06年度総会開かれるイベント

 7月1日左京区の国際交流会館において、京都文化後援会06年度の総会が開かれました。

 総会には分野別単位後援会代表や個人会員約40名が出席、開会あいさつで代表世話人の藤沢薫氏が「若い人たちとの会話で、大人たちはなぜ戦争に反対しなかったのかと問われ、最後まで反対した人たちは少なかったけど、気がついたときにはもう遅かった、戦争への準備が着々と進められている今、声を上げなければならない重大な時期です」と訴えられました。

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06年3月 8日(水)掲載

[愛・京都2006]展募集

よびかけ

 京都を愛するみなさん、この4年間の間に京都は暮らし経済、文化、街とあらゆる面で大きく変わり京都らしさはますます失われてしまったように思われます。いまアスベスト、耐震強度偽装、ライブドア、米国産輸入牛肉など「規制緩和」のかけ声ですすめられてきた、国民の安全と暮らし切捨ての小泉「構造改革」に批判の声が高まっています。格差社会と貧困化への不安が高まり「改革を見直してほしい」の声が過半数を超えました。その小泉「構造改革」に「同感」と言いながらすすめられているのが今の府政です。教育、福祉、文化などの予算削減や各方面で府民に冷たい施策が続いています。いまこそあたたかな府政の実現が求められているときです。

 「府民本位の新しい民主府政をつくる美術の会」は、京都の良さを守り、魅力的なよりよい表現の場をつくり、人びとが未来に希望のもてるような新しい京都のまちづくりをめざしています。

 京都の再生を願って、思いを集め、アピールする「愛・京都2006」展への出品作品を募ります。ぜひご参加ください。

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麻生大臣の不明とトマス・マンコラム

加納たけし

 「高野山は帝城を去って二百里、京里を離れて無人、晴嵐梢を鳴らして夕日の影静か也。の峰、の谷、誠に心も澄みぬべし。」

 平家物語「高野の巻」の一節である。この土地に、日本人の心の拠り所のひとつが連綿としてあったことはまちがいないだろう。

 堂宇から離れて千手院橋を渡り、深い木立のなかを奥の院に向かう道へ入るとすぐ、ひときわ大きな石碑が目につく。秀吉の朝鮮の役で犠牲となった敵兵を慰霊したもので、裏には建立者である島津義久、家久父子の名がある。奥には、大名のものもふくめて十万基をこえるという墓があり、平敦盛と熊谷直実、武田信玄と上杉謙信、柴田勝家、明智光秀などが、この同じ場所に眠っている。島津父子のものもあるが、慰霊碑にくらべるとずっと質素である。

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06年2月10日(金)掲載

永井愛 作・演出「歌わせたい男たち」を観てレビュー

神かくし

 永井愛さん作・演出のお芝居「歌わせたい男たち」が関西でも上演されると聞いて、びわ湖ホールに出かけました。

 ご存じのとおり、このお芝居は、「日の丸・君が代」を題材にしたコメディーです。

 この物語は、ある都立高校の卒業式直前の保健室での出来事で、君が代の演奏・斉唱や斉唱時の着席などをめぐってお話が進行します。

 内心の自由を教える事が処罰の対象になったり、斉唱時に生徒が不起立だと担任が処分されるなど、東京都でおこった事実も織り込まれ、コメディーといえども考えさせられます。

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06年1月30日(月)掲載

狂医之言……朝日新聞社説を読んでコラム

林 保雄

 「狂医之言」は「解体新書」出版の翌年に杉田玄白が著わした、解体新書に対する旧医学界からの批判とそれに対する自身の反論を収めた書物であり、私は他の本に引用された一部分を知っているだけである。西洋医学の基礎を紹介した解体新書は版を重ね、日本各地に普及し、日本の学問の在り方を大きく変えた。今日から見れば当時の旧医学に解体新書批判の資格は無いと言わざるを得ない。今日では解剖実習の経験を積まないと医師免許の受験資格さえ無いからである。当時腑分けと言われた人体解剖は刑場などで時たま行われていた。幕府の医官が立ち会う事もあった。彼らは中国伝来の人体図と実際の人体の構造との違いに気付きながら、その理由が分からず、中国人と日本人では体の内部に違いがあるのかも知れないという迷妄に陥ったりした。通念に支配され、事実から目を背けていたのである。玄白、前野良沢、中川淳庵らも西洋医学書の図を見ていなければ同じ様に迷ったかも知れない。彼らは事前に中国と西洋の解剖図の違いに気付き、実見の機会を待っていた。そして正しいと検証出来たものに対して、自らの面目を改める事に躊躇しなかった。通念を疑い、検証を尊び、自らの認識を改めていく態度は科学的精神の現れである。解体新書は江戸時代の日本人に科学的精神が存在していた証明でもある。

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